「オワ・オボクン(Owa Obokun)とは、本国、外国のいずれにおいても、イジェサ(Ijesa)の最高指導者である。彼は、いわゆる『エル・スプレモ』(el-supremo)なのだ。」
「オワ・オボクンが玉座を構える、イレシャ・タウンシップ(Ilesa Township)の町政は、首長を柱とする階層システムに基づいている。オワ・オボクンと彼の側近によって下される決定は、街区首長に伝えられ、同様にロリオモ(Loriomo; 街区民から代表選出された区長)へと伝えられる。街区からの申し立て等も、逆方向に同様の段階を踏んで、上へと伝えられる。」
「イジェサランドにおける他の村・町政に関して、オワ・オボクンは、各地区出身の伝統的支配者によって構成される拡大内閣を擁している。伝統的支配者とは、イボクン(Ibokun)、イジェブ・ジェサ(Ijebu-Jesa)、イポレ(Ipole)の3地域をそれぞれ支配する3人のオバ(Oba:王)であり、オワ・オボクンの側近たちとともに、イワラファ・メファ・グループ(Iwarafa Mefa group)を構成する。このグループはイジェサランドの全町民を代表すると同時に、オワ・オボクンの支配下にはない独立機関であり、時にオワ・オボクンに対立することもある。」
「各地区には、オバ以外にも、各集落を代表する伝統的支配者がおり、ロォジャ(Looja)――あるいは「公爵」(Duke)――はそこに属する。」
「ロォジャはオワ・オボクンによって任命された王子(Prince)で、イレシャの周辺町村における福利厚生を監督する。ロォジャとオワ・オボクンの間にはホットラインがある。」
「ロォジャは、オワ・オボクンの座が空き次第、イレシャでオワ・オボクンに就任する。ロォジャにとって周辺町村での実務経験は、最高位就任に先んずる修練となるのである。」
式典で配布された冊子『公爵を称えて』(Celebrating the Duke)によると、これが今日の主役、ロォジャ(Looja)とイジェサランドにおける彼の位置づけだ。ヨルバの伝統社会における称号について英語で説明するがゆえに紛れ込む、イギリスの称号「公爵」(Duke)。同じもののようで同じではない、ロォジャと公爵との間の「ずれ」がもたらす違和感。でも、この英語とヨルバ語の間にある「ずれ」にこそ、ナイジェリアの「いま」があるのかもしれない。
ここは、イバダンから西へ約100キロのところにあるオシュン(Osun)州イレシャ(Ilesha)。ロォジャの就任式典('iwuye' ceremony)が行われるということで、イレシャ出身のロータリアンA氏夫妻とともにやって来た。
式典会場のキリスト教会は、正装した人たちでごった返している。教会前方、ステンドグラスのもとで皆の祝福を受ける、赤いビーズ・ネックレスをした男性がロォジャだ。
ナイジェリア連邦共和国(Federal Republic of Nigeria)――この正式名称が語るように、ナイジェリアは国を構成する各州が自治権を有する連邦制を採用している。イジェサランドの行政システムについて、冊子の説明には「最高指導者」、「内閣」、「王」などの言葉が並んでいるけれど、連邦国家ナイジェリアにおける「正式な」統治機構はオシュン州議会であり、イジェサランドのシステムに政治的、法的な実効性はない。それでも、この伝統的王制が廃れることなく、こうして今日の人波が物語っていることというのは、その存続に対して住民の合意があるということにほかならないだろう。
イジェサランドにおいて、オワ・オボクンの継承は世襲制だ。でも、長男が優先的にその座を引き継ぐというわけではない。次期オワ・オボクン候補たるロォジャは協議によって選出され、その数もひとりとは限らない。ふたたび協議によって、ロォジャのなかから最終的にオワ・オボクンが選ばれることになるが、この協議で現ロォジャに適任者がいないと判断された場合には、王子のなかから新たにロォジャが選出され、同様の手順を踏むことになる。こうした数々の監視、選別段階を経て、晴れて最高指導者オワ・オボクンの座に就任しても、オバたちから成るイワラファ・メファ・グループによって、その政治手腕に対する監視が緩められることはない。繰り返しになるけれど、オワ・オボクンの継承は世襲制だ。しかし、世襲制が陥りがちな専制政治を、協議や監視体制によって回避するための優れたシステムがここにはある。加えて、オワ・オボクンーロォジャ間のホットラインもまた、オバたちの暴走を許さないための監視システムとして機能しているといえるだろう。ヨルバの劇作家ウォレ・ショインカ(Wole Soyinka:1986年にノーベル文学賞受賞)が、折に触れて言及する「ヨルバの伝統的民主制」とは、まさにこうしたシステムのことなのだ。
さて、式典の後は、場所を移しての祝賀会。イレシャの市街地から少し離れたところにあるリゾート施設まで車で向かう。門をくぐると、広い敷地には宿泊用のバンガローが点在していて、その向こうには、サーカスと見紛うようなビニールの大テント。間違いなくそこが祝賀会会場だ。
大テントの向こう側にも多くの席が用意されていて、第一級の正装をしたA氏夫妻とともにあずま屋の中の席に座る。周りには、同じプリント布、同じヘッドドレス、いわゆる「ユニフォーム」で身を固めた女性たち。彼女たちはどういう間柄なのだろう。中央のステージにはまだ人気がないけれど、各所に設けられた給仕台からは、料理の匂いが立ち上り、給仕係は込み合ったテーブルの間を縫うように忙しく行き交っている。さあ、パーティはこれから。